今週はおりくの風邪がうつってしまったおさつの看病で夫婦そろって週休3日制。あれ?先週も3日制で先々週も3日だった気が。。。。もうほんとどうしてよいのやら。

病気の子を面倒見てくれる保育園も家から遠いし、NPO法人がやっているサポートもいろいろ見たけれど、区でやっているのはともかく、まぁ費用が高い。1日2万円くらいするので働いているのに赤字という本末転倒というかだったらもう厚いツラして休むよという。。

先週は両親に頼ったけれど、おりくの風邪が両親にうつってしまい申し訳ない結果に。ああもう、夫婦で頑張るしかないなぁという結果に至ってます。今は季節の変わり目だから、仕方ないのかな。というか今の季節でこうなら冬とかもう、どうなるかわかったもんじゃないのですけれどね。。。
子持ちの同僚に相談したら「もう、休むしかない!私なんてダンナ休めないから今週4日休んでるよ」とか「もう、休みがちキャラを確立している」というお言葉。本当に、出勤したら人の3倍は働いているので(これ本当)許してください。



おさつはだんだん体が強くなってきてる気はするのだけれどね。

:::

こういう日常のめまぐるしさが続いて、夫婦の会話とかいろんなことがスルーされている状態が我が家では当たり前のこととなっているのだけれど、先日、夫が風呂上がりのおりくの体にローションを塗りながら「親父が亡くなったこと、まだ全然消化できてない」てぼそっと言っていて本当に申し訳ないな、と思った。

「日常が忙しくて、そのことにうまく向き合えていないというか。。。こうやっておりくの面倒を見ているときに思い出したりはするんだけれど。。。」と言っていた。


喪に服すということが正式にはどういうことをやるのか。儀式めいたことは昔の人はやっていたのだろうけれど現代で、こんな毎日が怒涛のように過ぎていく中で、自分の最愛の肉親が亡くなって、それをきっちり受け止められずに自分の世界をひたすら走ることは果たして正しい行為なのか。走っているときはいいがふとした時に足が止まると寄せる波のように想いが自分を覆うのだろうなと。

そして一番近くにいる私も、日々がめまぐるしく夫がそういう状態であることはわかっていなくて、もう少し、一人にさせてあげればよかったと思い、夏に一人に旅行に行って来たらと提案しました(長崎に行くらしい)あと、やっぱり墓を継ぐことにした。


忙しくて疲れてイライラして、おさつにあたったりもするし、↑こういう風に夫に思っていても、「つーか、部屋きたないんだけど!1日なにしてたわけ??」とか言ってるし。日々のこの生活がたまに本当に憎いです。


:::

でも、なんか、愚痴みたいになってしまってるけれど、いいところで仕事できて、可愛い子供が2人もいて、あんた幸せよと母親からは言われるのだけれど、口にできてるヘルペスとか、、、時間がなくてマジでここ1カ月アイブロウの一本も買えないのですけれど。。Yちんに「ノンさん眉毛なくしたんですか?」とかこの間いわれたよよよ。。